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ババくる!? 第五十九場 ゲスト:野村 宏伸

ババくる!?  ゲスト:野村 宏伸さん

今回のババくる!?ゲストは、俳優であり、高田馬場の居酒屋オーナーでもある野村宏伸さん。角川映画『メイン・テーマ』で薬師丸ひろ子さんの相手役としてデビュー。その後、ドラマ『教師びんびん物語』をはじめとする「びんびんシリーズ」で大活躍。決して平坦とはいえない俳優人生の転換期や思い出に残るエピソード、ご縁があって高田馬場の家庭料理居酒屋の経営者となるまでの半生をじっくり伺いました。

 

━ 俳優になるきっかけを教えてもらえますか?

高校3年の時、妹が雑誌で見つけた角川映画『メイン・テーマ』の薬師丸ひろ子さんの相手役オーディションに、僕を推薦して応募したのがきっかけです。薬師丸さんの20歳記念作品で、優勝賞金は500万円、紹介者にも100万円。当時の我が家は父の会社が倒産し、裕福な生活を失い、小さなマンションで質素に暮らしていました。俳優になりたいわけではなく、500万円という額に惹かれて、「お兄ちゃんの書類を送っていい?」という妹に、受かるわけないし話のネタにと承諾しました。2、3週間して忘れた頃に1次審査通過の通知が届きました。

 

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━ 演技経験なしで、オーディションに挑んだのですか?

演技経験は高校の文化祭の映画制作で少し経験していました。ただ、結果に期待していなかったので気持ちは軽かったです。2次審査は面接でしたが、下を向いて質問にはっきり答えないような冷めた態度だったと思います。それでも最終審査に残り、台本を渡されてセリフを交わす演技審査へ。振り返ると、全然やる気がなかったですね。

 

━ 見事合格!23,000人の中から選ばれた気持ちは?

優勝と言われた時は「なぜ自分が?」と驚きました。優勝の時に撮られた写真、あまり嬉しそうな顔をしていないんですよね。俳優になるつもりはなかったから、「これからどうなっちゃうんだろう」という戸惑いの表情というか。でも不思議なもので、受かったら500万円がもらえるという思考に変わるんですよ。選ばれたんなら『メイン・テーマ』に出演して賞金をもらおう、辞めるのはその後にしようと腹をくくりました。

 

映画・テレビ・舞台~手探りで歩んだ自分だけの俳優道

━ 映画『メイン・テーマ』の撮影現場はどうでしたか?

当時は特に一生懸命やっていたという記憶もなくて、どこか冷めた態度というか、斜に構えている不思議な青年だったと思います。森田芳光監督からは「ああしなさい、こうしなさい」と細かく指示されることはなく、むしろ「そのままでいいよ」と縛られずに自然な芝居をさせてもらえました。自分の持っている良さを引き出そうとしてくれたのだと思います。最近ひさしぶりに『メイン・テーマ』を観返したのですが、意外と自然に演じられているなと感じました。演技経験を重ねた今の自分だったら、かえってあのような芝居はできなかったと思います。

 

━ 角川映画でのその後の活躍について教えてください。

役作りについては、自分と似ている所を見つけて、まずその部分を出していくようにしています。そして台本を読み込んで、感情を想像していく作業をします。『アキラとあきら』では、役の感情は理解できていたのですが、実際に演技してみると難しい所がありました。例えば、監督から滑舌について指摘があったり。父親の工場の機械が差し押さえられるシーンで、怒りや悲しみの表情を出すのが難しかったです。

20歳で初主演の『キャバレー』、翌年に『恋人たちの時刻』。アニメ『ボビーに首ったけ』で声優をやったり歌やアルバムを出したりもしました。歌うこと自体は昔から好きでしたが、まさか歌までやるとは思わなかったですね。当時はアイドル的に売り出そうという流れもありましたが、僕はアイドルにはなりたくなかった。写真撮影で笑うことにすごく抵抗があって、雑誌などの取材でも頑なに笑わなかったんです。カメラに向かって笑うのが苦手なのは、いまだに変わらないですね。

 

━ テレビドラマへシフトした経緯について教えてください。

1986年に角川春樹事務所が芸能部門から撤退して事務所がなくなったんです。当時はどんな展開になるか分からない不安はありましたが、ちょうど自分の中で俳優として生きていこうと決めた時期でした。運よく新しい事務所に拾っていただき、すぐに決まったテレビドラマが『ラジオびんびん物語』で、以降『教師ビンビン物語』など「びんびんシリーズ」に繋がりました。

 

━ 映画とテレビの撮影現場の違いや苦労はありましたか?

フィルムとビデオの違いや、スタジオ撮影のシステムに戸惑いましたね。映画はワンカットずつ丁寧に撮影しますが、テレビはスタジオに何台もカメラがあって通しで演技を撮影していくスタイルです。動きの段取りも含めて最初はすごく難しかったですが、若かったこともあって数日で順応できました。

━ 『教師びんびん物語』の撮影現場はどうでしたか?

映画で演じてきたクールな印象とは真逆の役どころで、役を作るまで迷いや抵抗がありました。ですが、主演の田原俊彦さんが現場で良い雰囲気を作ってくれたおかげで徐々に馴染むことができました。田原さんは僕の演技を見て本当によく笑ってくれて、それが嬉しくて調子に乗っていろいろ演じるうちに「榎本」というキャラクターが完成していきました。後々、いくら他の役を演じてもその強いイメージばかりが先行してしまい、もどかしさを味わうことになるんですけどね。

 

━  役柄のイメージ固定や葛藤をどう乗り越えましたか?

イメージの払拭は時間が解決しました。30歳ぐらいのときに、映画『学校の怪談』がヒットしたことで変わって行きました。『学校の怪談2』『学校の怪談3』とシリーズ化して、新たな境地を開きました。34歳ではじめて『太陽と月に背いて』という舞台に出演しました。それまで映像作品にこだわり頑なに舞台を断っていましたが、年齢を重ねても残る確かな演技力を身につけようと、映画化もされた名作の舞台版で詩人アルチュール・ランボー役に初挑戦したんです。

60歳で新たな挑戦!高田馬場で居酒屋の経営者に

━  60歳で居酒屋をはじめたきっかけを教えてください。

転機となったのはコロナ禍の頃。年齢を重ねるにつれて、この先の俳優人生について考えるようになったんです。テレビや映画の現場の環境や時代もだんだんと変わっていく中で、自分自身も「このままでいいのか、これからの俳優としてのあり方はどうあるべきか」と自問自答する時間が増えていきました。そんな時期に、実業家の友人とお酒を飲む機会があって「いつか居酒屋でもやりたいね」なんて話を漠然としていたんです。しばらくして、高田馬場の常連だったその友人に誘われて初めて訪れたのが、約40年続く老舗の居酒屋「ひさご」でした。高齢のママが店をどうしようかと悩んでいると知った彼から、「一緒に居酒屋を経営しない?」と誘われたのがきっかけです。60歳という人生の節目に、タイミング良く新しいことを始められた。そして仲間と一緒にやれることが幸せです。

 

━ お店の営業形態について教えてください。

平日の夜はこれまでどおりママが17時~23時で料理を作って切り盛りしています。土日は、僕がランチタイム(11時半~14時)と夜(16時~21時)に店に立ち、料理を作って接客しています。

━ お店の営業形態について教えてください。

平日の夜はこれまでどおりママが17時~23時で料理を作って切り盛りしています。土日は、僕がランチタイム(11時半~14時)と夜(16時~21時)に店に立ち、料理を作って接客しています。

 

━ メニューへのこだわりはありますか?

平日はママが作る旧来のメニューで。土日は野村スタイルの新メニューに変えたんです。ランチの看板メニューは「四日市トンテキ」。なぜ「四日市トンテキ」なのかというと、共同経営者である友人に浅草橋の名店「グラシア」のトンテキが美味しいと勧められて食べに行ったらすごく旨くて、コレだ!って思いました。「グラシア」からソースやレシピを提供してもらって再現した自慢の1品です。「四日市トンテキ」には定義があって、①厚切りの豚肉を使う、②グローブのような形をしている、③ソースは黒っぽくて味が濃い、④ニンニクを添える、⑤付け合わせは千切りキャベツということなんです。ゴロっとしたニンニクが肉と合って美味しいですよ。また、夜限定で出しているシンプルな塩コショウ味のポークステーキもお酒に合うと好評です。他にも自分なりのメニューを常に考えながら提供しています。

 

━ 飲食の経営を始めて大変なことはありますか?

水商売ですから先が読めない怖さや大変さはありますが、いろいろと試行錯誤しながらやっています。最初は肉が生焼けだったり、失敗もたくさんしました。平日の夜営業に加えて、「昼の時間帯も店を使わないのはもったいない」と平日のランチ営業にも挑戦したのですが、お客さんの入りがまちまちで収支が合わず、結果的にランチは土日だけに絞りました。メニュー開発や仕込み時間、原価や人件費の計算など、経営者として考えることはいっぱいあります。

 

自由に表現する楽しさとこれからの店作りにワクワク

━ 俳優業と居酒屋経営の違いや面白さは?

俳優は台本や演出の中で表現するもので、基本的には自分勝手にアドリブができない世界です。でも、この居酒屋はすべて自分で考えて自分で決めることができる。料理という自分の表現をダイレクトにお客さんに届けて、その場で「美味しかったよ」と感想をもらえます。人間味があって、今生きているという感じがしますね。どんな料理を出したらお客さんが喜んでくれるだろうかと、YouTubeの料理動画を観ながら試行錯誤を重ねるのも楽しいです。

 

━ これからの目標を教えてください。

最近の飲食店って、タッチパネルで注文したりして、お店のスタッフとの会話をする機会が少なくなってきてますよね。僕がやりたかったのは、ご飯を食べたりお酒を飲んだりしながら、お店の人や隣の人と落ち着いて会話ができる、大人の隠れ家のような空間です。高田馬場は価格帯の安い飲食店が多いけど、それらとは差別化した特別な価値を提供できたらいいなと。おかげさまで最近では、僕がいると知って遠方から足を運んでくださるファンの方もいれば、近隣の社会人や学生など、新しいお客様も少しずつ増えてきました。本当にありがたいですね。

 

━ 最後に読者へのメッセージをお願いします。

野村宏伸がいるから行くというだけでなく、店の雰囲気が好きだから、美味しいご飯が食べられるからと、何度も通ってもらえるお店を作っていきたいと思っています。まだまだ試行錯誤も多いですが、毎日が本当に新鮮で学びの連続です。美味しいお酒と自慢の料理を用意して、皆様のお越しを心よりお待ちしています。

 

透明感あふれる爽やかな笑顔が印象的な榎本司さんスクリーンで見せるクールな存在感はそのままに、飾らない人柄の野村宏伸さん。居酒屋の経営に乗り出し、自ら厨房で腕を振るい、給仕をしながらお客様と接する楽しさを生き生きと語る姿がとても印象的でした。大人たちが心地よく集う憩いの場として育っていく「ひさご」の将来が楽しみです。

Text: 櫻井 実由莉
Photo: 石森 亨
ロケ地:家庭料理 ひさご(高田馬場)

野村宏伸さんが経営する居酒屋
「家庭料理ひさご」

繁華街の喧噪の中でもホッとひと息つける憩いの居酒屋。看板メニュー「四日市トンテキ」をはじめ、店主こだわりの料理でおもてなしいたします。

JR山手線「高田馬場」駅早稲田口より徒歩3分
地下鉄東西線「高田馬場」駅1番出口より徒歩3分
住所:新宿区高田馬場3-5-6 2階 TEL:03-3360-3258

営業時間:月~金曜 17:00~23:00 土・日曜11:30~14:00 / 16:00 ~21:00
定休日:祝日
☆土日は昼、夜ともに野村さんが厨房に立ちます!

<公式アカウント>
Instagram:@hisago0201

 

ゲストプロフィール

野村 宏伸

野村 宏伸(のむら ひろのぶ)
俳優。1965年生まれ、東京都出身。
1984年、映画『メイン・テーマ』のオーディションで23,000人の中から選ばれ俳優デビューし、日本アカデミー賞の新人賞を受賞。1986年に『キャバレー』で映画初主演。1987年に『ラジオびんびん物語』でテレビドラマ初出演、翌年出演の『教師びんびん物語』が大ヒット。その後も映画、ドラマ、舞台で活躍し、本格派俳優としての地位を確立。
2025年に縁あって高田馬場の居酒屋「家庭料理ひさご」の経営者となり、

野村宏伸公式HP

Instagram:@nomura_hironobu_official

 

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